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公衆衛生医師(保健所等医師)のインタビュー05

医師の視点をプラスし、地域に変化を

栃木県県南健康福祉センター
総務福祉部総務企画課 副主幹
早川貴裕さん

ヘルスサイエンスを学んだ後に医学部に学士編入し、さらに臨床を経て公衆衛生大学院に進んだという早川貴裕さん。「学んだことが活かせれば」との思いから、地元である栃木県で公衆衛生医師として働く早川さんは、「行政という仕事に医師としてかかわれることがおもしろい」と話します。行政という仕事自体のおもしろさ、そしてそこに医師としてかかわるおもしろさとは――。

震災後の住民の思いに寄り添い、先に進むお手伝いを

まずは、行政医師として働くようになった経緯を教えてください。

私は学士編入で医学部に入ったのですが、その前は、ヘルスサイエンスを学んでいました。ですから、もともと疫学や公衆衛生に興味があり、医師になりたいというよりも、医学の勉強をしたいと考えて医学部に編入したのです。

卒業後は初期臨床研修を経て3年間、小児科臨床に従事しました。その後、やっぱりもっと疫学の勉強がしたいと思い、公衆衛生大学院に進学しました。

その段階でも、具体的なキャリアプランを描いていたわけではありません。同級生に保健所勤務の経験のある医師がいたので、公衆衛生医師の話は聞いていましたが、まだ選択肢の一つでした。修士課程を修了し、博士課程に進学したときに東日本大震災が起こり、地元の栃木に帰ろうと思ったとき、臨床に戻ることも考えたのですが、栃木県がたまたま公衆衛生医師を募集していたので、学んだことを活かせるのではないかという思いから門を叩いたのです。

行政医師 早川貴裕さん
最初に配属されたのはどのような部署だったのですか?

栃木県庁の健康増進課です。がんと生活習慣病の担当として配属されました。

ただ、最初の1年半は、主に放射線による健康影響に関することを担当していました。当時は、福島の原発事故の影響で放射線被ばくを心配する県民の方が多く、県としてその不安の声に応えるため「放射線による健康影響に関する有識者会議」を立ち上げたところでした。その有識者会議の提言を受けて、食べ物に含まれる放射性物質の量や内部被ばくの測定などを実施したり、その結果報告会を住民の方を対象に行うといった仕事に携わりました。

そうしたなかで、県民の方々と直接お話をさせていただく機会があり、健康影響にとどまらないさまざまな不安や思いを抱えていることを知りました。同時に放射線に関する知識や理解が不十分なためにいろいろな誤解が生じている面があることも学びました。

起きてしまった事故や被ばくをなかったことにすることはできませんが、不安に囚われ続けることのないようにしなくてはいけません。県民の方々がこれからについて自分たちで考えられるようにという発想から、必要な情報の提供や知識・理解の普及に努めるという仕事にかかわることができたのは、とても良い経験でした。

センシティブな問題であり、震災後の不安が渦巻くなかで住民の方たちと向き合うのは、大変なこともあったと思います。

不安の解消と言いますが、不安を解消することはなかなかできません。当時、リスクコミュニケーションの先生にもよく言われましたが、安全の担保はできても安心の担保は他人にはできないのです。安心や不安というのは、その人がどう思うかです。地域で生活されている方々の考えや思いを汲み取ることなくして何かを伝えようとしても、納得や理解は得られません。まずは地域の方々の思いに寄り添い、その時々に必要なことを伝えていくことが大切です。

ですから、必要な情報を提供し、現状を理解してもらい、さらに自分たちで考えてもらおう――そうした姿勢を担当者全員で大事にしていました。また、こうした経験から、相手の立場に立って考える、自分事として捉えることの重要性について身を以て学ぶことができたと思います。

県の仕事が全国で役立つこともある

栃木県庁
放射線関係の仕事が一段落した後は、どのようなことを担当されたのですか?

4年半健康増進課にいて、残りの3年弱はがん対策の主担当を務めながら、他の担当者の医学的な部分での補佐などを行っていました。

なかでも印象深いのは、がん登録です。当時は、地域がん登録から全国がん登録に移行する時期でした。地域がん登録の実務を担当していた県立がんセンターの先生方と移行に向けた検討をしつつ、全国がん登録の仕組みづくりを進めていた国立がん研究センターの先生方とも意見交換をし、「栃木県ではこうしています」という情報を伝えたり、「こういうものがあれば有益ではないか」という提案をしたり、全国がん登録をどのような形で進めていくとよいかを考えるところに県職員の立場から参加させてもらいました。

県職員として全国的な取り組み、仕組みづくりにかかわる機会もあるのですね。

がん登録の目的の1つに、がんにかかった方がその後どれくらいの期間生きていたのかを調べるということがありますが、そのためには死亡に関する情報が必要です。人が亡くなると死亡届を出しますよね。その情報は法律に則って国で集計され統計になります。その内容を見るには目的外利用のための申請が必要なのですが、以前は各都道府県がばらばらに申請を行うため、各担当者が同じ苦労をしていたことがあります。

私の前任者の時代から、栃木県が申請書のひな形を作る作業をリードするようになりました。ひな形といっても、毎年のように見直しや修正を求められます。国立がん研究センターと一緒に原案をつくり、それを栃木県が代表して国に申請し、やり取りをしながらひな形を完成させ、それを国立がん研究センターから全都道府県に広めてもらうというスタイルができあがりました。都道府県は、ふだんは別々に仕事をしているわけですが、同じ業務で苦慮していることもあります。完成版が配布されると、ここぞとばかりに全国の担当者から問い合わせを受け、驚いたことを覚えています。

小さなことかもしれませんが、どこかの仕事が全国で役立つこともあると経験できたという意味で印象に残っています。

地域の医療者と行政の橋渡しを

健康増進課の後は、どんな部署を担当されたのですか?

医療政策課の在宅医療・介護連携担当に2年間いました。自分が矢面に立つことが多かった健康増進課に比べると、医療政策課では在宅医療の仕組みづくりの進め方を考えたり、在宅医療に携わるたくさんの関係者の協力を促していくという、どちらかといえば裏方の仕事が中心です。

各地域の医師会の先生方や市町村の担当者などから、在宅医療を進める上で何に困っていて、どこが難しいのかといったことを直接聴くこともあれば、在宅医療に関わる県内すべての機関にアンケート調査を行い、県として取り組むべき課題を整理するといったこともしました。

そのほか、ある医師会の在宅医療の診療グループづくりを考える会に参加し、行政でもあり医師でもあるという立場から意見を述べさせていただいたこともあります。

本庁にいながら、地域に入り込んで関わるのも、とてもおもしろい経験でしたが、医師という立場があってのことかとも思います。

連携がうまくいっているところと、うまくいかないところの違いは何なのでしょうか。

理由はさまざまですが、核となる人がいるかどうかが大きなポイントのように思います。

核となる人がまだいない地域にも、もともと関心や意識はあるけれども、行動に移していないだけという人は必ずいます。そうした人の活動のきっかけを提供したり、活動をサポートするのも行政の役割ではないかと思います。

一つの方法として、地域の意識付けのために繰り返し情報を提供していくということがあります。たとえば、「高齢者が増え療養する人も増えるなか、病床が増やせないとしたら、このままでは地域全体が困りますよね」といったことを繰り返し伝え、「みなさんはどう考えますか?」と問ううちに、意識が変わる人、行動を取る人が出てきますから。

そして、情報を提供する際には、たとえば医師会の方々と話すときには医療者の視点も踏まえるなど、医師として自分の立場や資格も利用しつつ、相手に理解してもらえるよう工夫することも重要と考えています。

行政側に医師がいることで、地域の医療者との意思疎通もスムーズになるということでしょうか。

健康増進課の話に戻りますが、以前、行政職の方が担当のリーダーをされていたときに、医師会の先生方とコミュニケーションを取ることが難しいということもあったという話を聞かされたことがあります。専門用語という言葉の壁だけでなく、地域の医療者にとっては、「行政は現場のことをわかっていない」という気持ちの壁もあったのかもかもしれません。それが、医師がリーダーになり、そのリーダーを交えてやりとりをするようになったことで、先生方の受け止め方や対応が変わったそうです。

そう話してくれたのは、コミュニケーション能力に優れ、周囲からの信頼も厚いとても優秀な行政職の方なので、きっと医師会の先生方とは良好な関係にあったはずです。それでも「行政側に医師がいるのといないのでは仕事のやりやすさが違う」と感じたということは、公衆衛生医師の存在価値の1つとして重要なことかと思います。

ただ、「いるだけで価値がある」というのはありがたい話ですが、それだけでは面白くありません。自分の価値を追求するなら、医師の視点で「ここも大事ではないですか」とプラスαの要素をどれだけ加えることができるかがポイントではないでしょうか。また、それが行政に医師がいる意義を高めることにもつながると思っています。

本庁から保健所へ、地域になじんで一緒に解決するおもしろさ

行政医師 早川貴裕さん
2018年1月から、県南健康福祉センターに移られました。本庁とは違う仕事の面白さがありますか。

本庁での仕事との一番の違いは、地域との「近さ」です。私は今、総務企画課にいて、前任から引き継いだ在宅医療や職員研修、学生実習に関する業務などを担当しているほか、医師として、所長の補佐も行っています。そのため、感染症や難病、精神保健といった自分の担当以外の話も入ってくるので、地域のことがよく見えるようになりました。

本庁にいたときであれば、「県南で●●が増えている」というくらいの把握の仕方でしたが、今は「●●市のどこどこで」までわかるので、地域の細々した様子もわかります。そうすると、行政の仕事が地域の生活に深く関わっていることやどこにどう反映されるかがよくわかり、それもまたおもしろいですね。

地域の人とのかかわりもより近くなったのではないでしょうか?

県という組織の一員として接し方をわきまえることは必要ですが、地域の方々と個別に話し合うことも大切にしたいと思っています。地域ごとに開かれる在宅医療・介護の連携の集まりに顔を出し、いろいろな話を聞いたり、将来について「こんなことができたらいいですよね」などと気さくに話したりしていると、人と人とのつながりが濃くなり、地域になじんで仕事をするおもしろさを感じています。

また、市町村との関係も近くなりました。市町村の担当者にとって、本庁は気軽に相談・連絡するには少しハードルが高いように感じることもあると思うのですが、ここ(県南健康福祉センター)にいると些細なことでもすぐに連絡が来ます。そのため、私も時間が許す限り、なるべく市町村にお邪魔して、話を聞くようにしています。

在宅医療・介護の集まりにしても市町村にしても「県の人が来た」ではなく、「同じ地域の保健所の人が来た」と思ってもらえるので、より親密にやり取りができますし、地域で困っていることを一緒に悩み、解決策を考えていくことにやりがいを感じますね。

県行政のなかで医師だからこそできることとは

行政医師 早川貴裕さん
栃木県では、医師も、保健所ではなく、本庁勤務からスタートするのが基本だそうですね。

年齢や臨床年数に関係なく、基本的に最初は本庁配属になります。県としては、保健所の医師としてではなく、まずは行政職として働ける能力を身につけてほしいと考えているのではないでしょうか。公衆衛生医師には、行政職として働けることを前提として、さらに医師としてのプラスαをどれだけ加えられるかが求められているのだと思います。

保健所勤務から始まる自治体もありますが、私自身は、本庁で行政の基本を学べたことをありがたく思っています。基本的な行政能力を身に着けた上でさまざまな業務に携わってきたからこそ、医師としての知識や経験を活かすことが、仕事の幅を広げたり、深みを増すことにつながることを知りましたし、仕事をよりおもしろいと感じるようになったのではないかと考えています。

入職したとき、先輩から「おもしろい仕事は10個に1個くらいかなと思っていた方が良いよ」と言われました。確かに率直に面白いと感じる仕事は、10のうち1、2個かもしれません。でも、医師として知っていること、学んだこと、経験したことをプラスしてより良いものにつくり上げていく視点があれば、10のうち6、7個はおもしろくできると思うのです。

医師の視点を入れると、淡々とこなしていた仕事も面白くなるということですね。

たとえば、最近ではACP(アドバンス・ケア・プランニング)が注目されていますが、栃木県では全国的な話題になる前から、地域の先生方と話し、会議等で度々議題に取りあげてきました。また、県の行政歯科医師と相談し、全国の歯科保健行政担当者を対象にした研修会で、地域包括ケアやエンドオブライフケアをテーマにしたところ、参加者から大変好評を得ることができました。

国から通知が来たら対応するというような受け身で仕事をするのではなく、医師としての知識や経験を活かし、先んじて県行政に反映させることができれば、自分自身も楽しく仕事ができます。そうした取組を続けていくうちに、地域の中から同調してくれる方が出てきたり、次の取組につながったりと連鎖反応が起これば、地域が変わっていきます。それもこの仕事の醍醐味だと思います。

本庁と保健所の両方を経験して感じたこと、考えたことはありますか。

保健所長は医師であることが要件とされていることからも明らかなように、地域の保健医療行政に医師が必要であることは言わずもがなですが、本庁で活躍する公衆衛生医師が増えることもまた必要なことと思います。私が入職してからの間だけでも、保健医療福祉の問題はますます複雑化、高度化していると感じます。医学・医療に関する専門的な意見や判断を必要とする場面は今後も増えるのではないでしょうか。

公衆衛生医師には、現場や地域の声を拾い上げ、医学的にも妥当な県施策の立案や実現に関わることが期待されていると思います。そのためにも、人を診て、地域を診て、県全体を診ることのできる公衆衛生医師を目指したいと考えています。

一般的に公務員は数年おきに部署の異動があり、特定の分野を継続的に担当することは難しいのですが、公衆衛生医師は保健福祉分野から離れることはないので、ライフワークをもちやすいという良さがあると思います。また、医師の専門性を見込まれて、直接の担当以外のさまざまな仕事にかかわる機会が得られることも、公衆衛生医師ならではの魅力ではないでしょうか。

是非多くの医師のみなさんに公衆衛生医師について知っていただき、公衆衛生医師として働きたいと思っていただけるとよいですね。

行政医師 早川貴裕さん
早川貴裕(はやかわ・たかひろ)さん
栃木県県南健康福祉センター
総務福祉部総務企画課 副主幹

東京大学健康科学・看護学科でヘルスサイエンスを学んだ後、群馬大学医学部に編入。05年3月に卒業後、初期・後期研修と3年間の小児科臨床経験を経て、2010年に京都大学公衆衛生大学院(SPH)に進学。2011年12月より公衆衛生医師として地元の栃木県に就職し、2018年4月から現職。

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