公衆衛生医師(保健所等医師)のインタビュー07

健康危機管理や仕組み作りを通じて
より大勢の人の健康を守れる面白さ

山形県村山総合支庁保健福祉環境部(村山保健所)
保健企画課企画調整担当・医務専門員

森 福治さん 2023/02/01 UP!

医学生時代に抱いたコホート研究への興味が、小児科医から公衆衛生医師への転向のきっかけになったという森福治さん。2021年と新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで山形県に入職し、村山保健所で毎日多くの感染者への対応を担っています。小児科医としての経験は、療養の判断や医療機関との連携などで発揮されています。同時に、研究の視点から、保健医療データを、地域に根ざした、地域住民のための生きたデータとして役立てようと取り組んでいます。

“コホート研究”への興味から公衆衛生医師に興味

山形大学医学部

山形大学医学部

公衆衛生医師という仕事を最初に知ったのはいつですか?

私は薬学部を卒業してから、山形大学医学部に入って医師になりました。薬学部の学生だったときに、部活動などを通じて友だちになった同じ大学の医学部生と話すうちに、医師という仕事や医学に興味を抱いたのがきっかけです。

公衆衛生医師という仕事を知ったのは、医学部生時代に、ドラックストアでアルバイトをしていたときです。山形県に長年勤務していた薬剤師の先輩がいて、初めて行政で働く医師や薬剤師の存在を知りました。その後、医学部3年次に、公衆衛生学講座で1カ月間研修を受ける機会があったのですが、そのときの指導教員が臨床から転向した方で、そうしたキャリアの道があることや、公衆衛生学の魅力を教えていただいたことが、今に続く源流になりました。

コホート研究とは

「コホート研究」とは、あるグループを追跡して、健康状態の変化を調べるもの。病気の要因と発症の関連性を分析する、疫学的手法の1つ。(作図:編集部)

公衆衛生学のどのようなところに魅力を感じたのですか?

公衆衛生学講座では、ゲノムと生活習慣病との関連を明らかにするという、山形県のコホート研究の手伝いをしました。地区の特定健診会場に行き、住民からの健診データ提供の同意を取得するという役割だったのですが、特定要因を持つ集団を追跡調査するコホート研究に面白さを感じたのです。ですから、公衆衛生というと研究のイメージでした。

ただ、医学部3年の時点では、どのように公衆衛生医師になればいいのか分かりませんでした。医師免許取得後には初期臨床研修が義務づけられていますし、大学に公衆衛生学講座はあるものの、医局員として働くキャリアのイメージが湧かなかったのです。そこで卒業後は、診療科のなかで1番興味を持っていた小児科に進み、母校の医局に入局しました。

何をきっかけに、小児科医から公衆衛生医師に転向したのですか?

医師6年目になる頃に、自身のワークライフバランスを考えるライフイベントがありました(ここでは詳細は割愛します)。小児科専門医資格を取得し小児科医としてこれからというときで、仕事にやりがいも感じていたため、そのまま続けたいという気持ちもありましたが、その頃には30歳代半ばになっていたため、臨床医をできる限り続けてから公衆衛生医師に転向するよりも、少しでも若く体力のあるうちに公衆衛生分野に入ったほうが、研究をするにしてもより多くの業績を残せるのではないかと考えたのです。

もう一つ、決め手となったことがありました。山形県の公衆衛生医師である阿彦忠之先生の存在です。結核接触者健診の第一人者で、そのガイドラインを結核研究所等と一緒に最初に作成したり、数多くの業績を残されている先生です。公衆衛生医師を目指す上で、是非指導を受けたいと思っていましたが、阿彦先生は数年後に定年を迎えるため、指導を受けるチャンスは今しかないと考えました。

小児科医局の上司からは、就職先があるのか心配されたのですが、県にも相談して受け入れポストがあることを確認したうえで、2年かけて準備を進めました。そして、2021年に山形県に入職したのです。コホート研究もやりたかったので、同じタイミングで山形大大学院の公衆衛生学講座に入りました。

現在は、山形県村山保健所で、公衆衛生医師として仕事をしながら、社会人大学院生として研究を続けています。保健所には地域の様々なデータがあるため、公衆衛生分野の研究に興味のある人にとっては面白い職場だと思います。念願だった阿彦先生の社会医学専門医指導も、月1回県庁で受ける機会を設けて頂いています。

月1回の山形県庁での阿彦先生との社会医学専門医面談

月1回の山形県庁での阿彦先生との社会医学専門医面談

月1回の山形県庁での阿彦先生との社会医学専門医面談

阿彦忠之先生(写真右)

COVID-19対応で役立っている小児科医の臨床経験

村山保健所での仕事内容を教えてください。

人口50万人の村山二次医療圏には、中核市である山形市が運営する山形市保健所と、県が設置する村山保健所があります。村山保健所は山形市内にありますが、山形市以外の27万人が住む13市町を管轄していて、医師は保健所長と私の2人体制です。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大下での入職なので、業務の中で大きなウエイトを占めているのはやはりCOVID-19対応です。感染者が多い時期は、朝出勤しCOVID-19の在宅療養者の入院適応や療養終了に関する相談、体調管理の報告の確認を終えると、あとは定時のミーティングなどで午前中が終わってしまうこともあります。

午後は、資料作成や会議、クラスターが発生した介護施設などに直接赴いて、個人防護具の着脱やゾーニングなど各種感染対策の指導をすることもあります。村山医療圏では山形市に大きな病院が集中しているため、管内には規模の小さな病院が多く病床が逼迫しがちです。そのため、時にはある程度までは施設内で患者さんを診ざるを得ない状況がありましたが、慣れない施設側には不安もあります。そのため、リスクコミュニケーションを重視する保健所長の方針で、電話ではなく、なるべく施設まで出向いて患者さんの対応に関して話し合うようにしています。

山形のさくらんぼ

山形のさくらんぼ

蔵王(お釜)

蔵王(お釜)

芋煮会

芋煮会

銀山温泉

銀山温泉

臨床を経験して良かったと思うことはありますか?

数年でも臨床をやってきて良かったと思うのは、自宅療養の判断を求められたときです。呼吸器内科の経験が長い保健所長が中心となって判断しているのですが、子どもに関しては小児科医だった私が担当しています。管内では小児科の医療機関が限られているため、子どもで入院が必要になると、遠方では約1時間かけて山形市まで行かなければなりません。オミクロン株が主流になってからは、子どもの在宅療養者が増え、発熱や痙攣、消化器症状などの相談案件が多くなるなかで、症状の問診から自宅療養を続けるのか入院が必要なのか判断する際や、医療機関に繋ぐときなどには、小児科医としての経験が生きています。

地域のデータを地域に根ざした情報として活用

医師会での情報提供

医師会での情報提供

公衆衛生の研究を併行しているそうですが、研究の視点は業務にも役立っていますか?

保健所に赴任してから、病気の有病率などについて地域に根ざした現状把握、分析の必要性を感じるようになりました。全国のデータだけだと遠くの出来事のようで、地域の人には実感が湧きにくいのでは、と思うのです。

入職した初年度は、HPVワクチンの啓発のため、子宮頸がんの現状について広く周知したいと、県の健康福祉部が同年に発行した「山形県がん実態調査報告」をもとに、県内の子宮頸がんの年間の新規罹患数や死亡数、治療内容などについて原稿にまとめ、県小児科医会の会報誌に掲載していただきました。それが医師会の先生の目に留り、管内4町の広報誌に、HPVワクチンに関する500字程度のコラム記事も書かせていただきました。後日、記事を見た方から、「コラム見ましたよ」と声を掛けてもらったときは嬉しかったですね。

ちょうどタイミング良く、その1カ月後に国はHPVワクチン接種の積極的勧奨を再開しました。接種の判断をするのは住民の皆さんですが、公衆衛生医師としては正しい情報を伝えて、考えてもらうきっかけを作ることが大切だと考えています。そういう意味で、小さなことではありますが、形に残せたのは良かったと思っています。

鳥インフルエンザ 防疫作業者の健康管理

鳥インフルエンザ 防疫作業者の健康管理

鳥インフルエンザ 防疫作業者の健康管理
鳥インフルエンザ 防疫作業者の健康管理
COVID-19対策ではどうですか?

昨年夏の第7波では、新規陽性届け出が1日500人を超え、保健所の健康管理対象者が1日3,000人に迫る時期がありました。陽性者全員に電話ができないなかで、患者さんの命や生活を守りつつ、ある程度連絡する対象者を絞るために、当保健所のデータを使って重症化による入院確率を算出し全体の状況の把握に努めました。

そのうえで、健康状態の観察項目を一部省略したり、保健所の応援の職員にも分かりやすいように、これまでの重症化例のデータを参考に、4日以上発熱している、水分が摂れない、基礎疾患があるなど、必ず報告してもらう基準を作ってトリアージに役立てました。現場の状況に合わせて、1、2週ごとにトリアージの方法を見直して、見直しの評価を行っていました。厚生労働省の通知などにより、その都度対応が変化するなかで、判断と評価を繰り返していくのは臨床医に近い感覚でした。

コロナクラスター対応時

コロナクラスター対応時

COVID-19対応のために用意された、かけ放題スマートフォンの山

COVID-19対応のために用意された、かけ放題スマートフォンの山

目の前にいない、大勢の患者さんを支えられる仕事

公衆衛生医師として約1年半働いて、臨床医とは違った面白さ、やりがいなどはありますか?

臨床医と1番大きく違うのは、目の前に自分が診るべき患者さんがいない、ということですね。臨床医は24時間365日、病院からの呼び出しに待機しなければならないという負担もありますが、その分やりがいを感じやすかったと思います。一方、目の前に患者さんはいませんが、公衆衛生医師の場合は、臨床医より多くの人を支えるチャンスがあるように思います。

例えば、3,000人もの在宅療養者をいかにもれなく医療に繋げるか仕組みを考えた時は、ICTを利用したり、トリアージの基準を作って、大勢の応援職員と一緒に対応しましたが、そうした患者対応は臨床医では経験できないものでした。その時は必死でしたが、充実していました。新型コロナなどの感染症パンデミックや食中毒、鳥インフルエンザ対応など、「健康危機管理」に関わることで多くの人の健康を守ることができる点は、臨床医とは違った仕事のやりがいだと思います。

また、大勢の人に役に立つような仕組み作りに、自分1人の力ではないにしても関わることができるのは面白いですね。最近の例では、造血幹細胞移植を受けたお子さんがワクチンを再接種する場合は原則として全額自己負担となるのですが、そのことを地域の講演会で取り上げたところ、ご家族の声などを受け、県内のある自治体で新たに助成事業が立ち上げられました。お世話になった大学医局の先生方とそうした情報を交換しながら、検討してくれる自治体が増えているのを実感するのは嬉しく思います。そのほかにも、医療的ケア児の災害時対策の仕組み作りや、COVID-19の後遺症調査のデザインに関わるなど、いろいろな仕組み作りに携わっているのは面白いなと感じます。

また、やりがいではありませんが、公衆衛生医師になって人との繋がりがとても増えました。国立保健医療科学院では、全国から集まった30人の保健所に勤務する医師、獣医師、薬剤師、保健師たちと一緒に研修を受講し、そのつながりが今も続いています。転職前に重視したワークライフバランスという点では、コロナ対応で忙しいなりにも、当直はないので家族との時間が増えました。そうしたことも、この仕事の一つの魅力だと思います。

今後、公衆衛生医師として目指していることはありますか?

臨床医は、若手でも、治療をして患者さんが良くなって、かつ病院の経営にも貢献でき、本人のやりがいにもなる、という“三方よし”の仕事です。対して行政の医師は、“治療”対象がはっきりせず、今自分が保健所にいることで保健所に収益がもたらされるわけでもありません。ですから、COVID-19対応が落ち着いた後は、自分にしかない、行政の医師の存在意義を作っていなければいけないと思っています。

また、COVID-19対応で右往左往する私に、患者さんや地域の医療を守るというぶれない信念を教えてくれたのは、今の上司であり村山保健所長である藤井俊司先生です。いずれは、藤井先生のように判断し、決断し、指示を出せるようになりたいと考えています。

最後に医学部生や若い医師に向けてメッセージをお願いします。

行政で働く医師は、法律や施策といった面から医療を見ることができます。それは、病院にいては経験できないことです。医師のキャリアは40、50年ありますが、そのうち1、2年だけでも公衆衛生医師として働いてみるのも面白いのではないかと思います。自分がいろいろな人との出会いでここにいるので、チャンスがあったら、躊躇せず飛び込んでください。

行政医師 森 福治さん
森 福治(もり・よしはる)さん
山形県村山総合支庁保健福祉環境部(村山保健所)
保健企画課企画調整担当・医務専門員

富山医科薬科大学(現・富山大学)薬学部を卒業し、薬剤師免許を取得。その後、山形大学医学部に入学。2014年に卒業。山形市立病院済生館での初期臨床研修を経て山形大学医学部小児科に入局し県内医療機関で小児医療に従事。2021年に山形県に入職し、山形県村山保健所に配属。その他、山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座で山形コホート研究の解析も行っている。日本小児科学会専門医、小児感染症学会認定医、日本医師会認定産業医

※2023年1月取材:所属やプロフィールは取材当時のものです。

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臨床から行政医師へ。それぞれの