公衆衛生医師(保健所等医師)のインタビュー09

“mass”を対象にインパクトの
大きい仕事に携わる面白さ

香川県東讃保健福祉事務所 次長(兼)東讃保健所長
香川県精神保健福祉センター 医師

横山勝教さん 2023/02/21 UP!

麻酔科医として15年のキャリアを重ねた後、香川県で公衆衛生医師となった横山勝教さん。“ナッジ”を活用して作成した資材でHPVワクチン接種者数を飛躍的に伸ばしたり、新型コロナウイルス感染症の最前線では状況に合わせた臨機応変な対応で効果を上げたりするなど、柔軟な発想で公衆衛生医師の活動に取り組んでいます。何が横山さんの活動の原動力なっているのでしょうか。

「自分のやりたいこと」から「社会のためになること」へ

以前は麻酔科医としてキャリアを積まれていたそうですが、どのようなきっかけで行政の公衆衛生医師を志したのですか?

麻酔科医を志したのも行政の公衆衛生医師になったのも、自分がどの道に進めば社会のためになるのかを考えての選択でした。ただ、最初からこうした考え方をしていたわけではありません。進路選択を控えた医学部6年次の出会いが一つのきっかけになりました。

私は外科志望で、市中病院でも外科研修を受けたのですが、大学病院での外科の華やかな面だけ見て外科医に憧れていた当時の自分には、粉瘤切除や痔、虫垂炎の手術などは地味に映りました。すると、一緒になった麻酔科の先生が、「麻酔科はもっと地味だけどね」と言うのです。無遠慮にも、なぜ地味な科を選んだのかを尋ねると、「誰もやりたくないが誰かがやらなければいけない仕事ならば、自分がやってもいいと思った」という答えが返ってきました。

横山勝教 行政医師

(撮影協力:Café 1894

自分のやりたいことは何か、という視点でしか進路を考えていなかった当時の私には全くなかった発想で、自分を恥ずかしく思ったのを覚えています。

改めて考えると、当時外科を志望する人は多く、私が行かなくても他に行く人たちがいる。それなら、そのなかに私が加わることが明確に「社会の役に立つ」だろうとは思えませんでした。でも、人手が足りない麻酔科医ならば、標準的な働きができる人が1人加わるだけで絶対に社会の役に立ちます。その後、麻酔科学を勉強し直し面白さを感じたこともあるのですが、それが100人ほどいる同期生のなかで、ただ1人麻酔科に進む決め手になりました。

行政の公衆衛生医師という仕事に関心を持ったのはいつ頃ですか?

麻酔科医として10年ほど勤務した後、家庭の事情で香川県に移住し香川大学医学部の麻酔学講座に入局しました。そこで学位取得を求められ、当時は麻酔学の研究室が稼働していなかったため、代わりに研究をさせてもらえる基礎系の教室を探して、最終的に公衆衛生学教室で研究することになりました。その年の忘年会に県の公衆衛生医師の先生が参加したのですが、「香川県の行政医師は50、60歳代の4人しかいない、“絶滅危惧種”だ」との話に驚きました。

小学校の頃に体育の授業でサッカーをしていて、担任の先生から言われたことがあります。ボールが動くところに皆でワッと群がっていたら、「皆が自分でゴールを決めようと思っていたら、点は取れない。自分の行くべき場所をきちんと考えてやらないと、チームとしての力は発揮できないんだよ」と。麻酔科の先生の話だけでなく、その言葉もずっと自分の中に残っていたんですね。

だから、3年後の博士課程修了を控えた頃に、公衆衛生学の教授から「県に行ってはどうか」と声を掛けられ、自分は絶滅危惧種である公衆衛生の道に行くべきではと迷いました。当時39歳です。麻酔学講座では後輩が育っていましたし、県の嘱託医制度を利用し県庁で週1日勤務していたので仕事の様子もわかっていました。麻酔科の教授からは非常に怒られましたが、最終的には理解してくださり快く送り出してくださいました。

臨床医から公衆衛生医師に転身してどのように感じましたか?

実は自分の中では、臨床から公衆衛生へキャリアチェンジしたという印象は全くないんです。どちらも医師の仕事の一つとしか思ってなくて、麻酔科医というポジションにいたけれど、今は公衆衛生医師のポジションに人がいないからそこに行ってプレーをしている。ポジションは替わってもサッカーをしていることに変わりはないのと同じです。

香川県といえば

「うどん県」でよく知られる香川県。アートにも力を入れている。(写真右は県庁アート)

「ナッジ」を用いた啓発でワクチン接種者数が飛躍的に向上

香川県に入職して、最初に本庁に3年勤務していますね。手がけた事業で、印象に残っているものはありますか。

子宮頸がん予防のためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの啓発事業を、独自に資材を作成して行いました。国が積極的勧奨を再開する前年のことです。HPVワクチンは定期接種の対象で、一定年齢の女子児童は無料で受けることができますが、積極的勧奨が差し控えられてからはその情報を知らない住民が多くなっていたので、この状態を変えるだけでも接種を受ける人が増えるのではと考えました。

そこで、チラシと漫画冊子をセットにした資材を作成し、各市町から学校を通じて中高生の女子に配布してもらったのです。すると、前年までは年100人前後だった接種者数が一気に伸び、1,000人を超えました。「公衆衛生の仕事って面白い!」と、実感しましたね。

前年度100人前後だったHPVワクチン接種者数が約9倍に増えた

前年度100人前後だったHPVワクチン接種者数が約9倍に増えた

すごいですね。どのような工夫をしたのですか?

手に取ってもらえた理由の一つは、漫画冊子をつけたことだと思います。ワクチンに関心がなくても漫画だけは読む子がいるので、ターゲット層に見てもらいやすい資材の形態だったのだと思います。

さらに、「無料で接種できる」と情報提供するだけで、接種者がどこまで増えるのかが疑問だったので、人々が自分にとってより良い選択を自発的にできるように誘導する、「ナッジ」の手法も用いました。もともと他の自治体で、大腸がん検診の啓発にナッジを使用して受診率アップの効果を上げた事例があったので、香川県でもがん対策に取り入れようと、新規事業として子宮頸がんをテーマに取り組んだ経緯があります。

一番のポイントは、自分から問い合わせをしない限りワクチンの無料接種に必要な問診票は送られないので、知らないうちに権利を失ってしまう、ということです。そのため、無料であることだけでなく、「ただし、問い合わせないと問診票はもらえません」という損失を強調するようなメッセージを入れることで、「電話をしなければ」とアクションに繋がるようにしました。

ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV~ワクチンの啓発マンガ
子宮頸がん啓発のナッジ

コロナ禍で求められた保健所長としての判断

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策が始まった2020年からは、小豆保健所長や東讃保健所長として現場で活動されていますね。

小豆保健所は、県内の4保健所のなかで管轄人口が3万人弱と最も少ないんです。その分、住民との距離が近く、赴任当初から地元の老人会や社会福祉協議会などから頼まれてあちこちでCOVID-19の話をし、社協の広報誌にも執筆しました。

島内で感染者が出始めたときには、管内2町の健康福祉課長に頼んで防災無線で、町民にメッセージを流してもらいました。当時、感染者への誹謗中傷などが社会的問題になっていたため、それを踏まえてメッセージは「誹謗中傷の張り紙を届けるのではなく、病気の人にお見舞いの食べ物や千羽鶴が届くような島に」などとしました。島内で不穏な雰囲気があればすぐに察知できるように、SNSなどでこまめに住民の声を拾うようにしていたので、早めに対処することができたのです。

県に許可を得ずに動いたので後で注意を受けましたが、メッセージ自体は褒めていただき県のホームページにも掲載されました。そのときに、自分の裁量でやったことも、対応が適切であれば県も認めてくれるんだと安心感を持つことができ、保健所長として現場判断するときの拠り所になりました。

どのようなときに保健所長として独自判断されたのですか?

ウイルスの変異株が次々と置き替わり、積極的疫学調査で感染を封じ込めるという手法が難しくなるなかで、国も通知を発出して対応を順次見直していきましたが、小豆保健所では県内でいち早く通知を取り入れ対応の効率化を進めてきました。というのも、職員の9割が島外から船で通勤していたうえ、専門職は保健師4人と私のみで他の保健所のような対応は到底できません。全国保健所長会の仲間を通じて、東京都や大阪府など感染者数の多い大都市で実際にどう対応しているかも聞いて参考にしていました。

例えば全例調査のために、大阪府などがインターネット上で感染者自身が入力できる調査フォームを作成したときは、小豆保健所ではそれを参考に感染者とメールでやり取りする調査書式を独自に作りました。メールならば、感染者が多くても一斉送信ができますし、返信された内容をコピーして県のシステムに入力できるので、職員の負担がだいぶ軽くなりました。また、専用のスマートフォンなどを持ち帰れば、船での通勤時間などにも対応できるので、夜遅くまで残業することも減りました。

状況に合わせて柔軟な対応が求められたのですね。

そうですね。東讃保健所でも取り入れましたが、高齢者施設で感染者が発生したときの初期対応も変えています。県では高齢者施設に、病院から感染管理看護師などを派遣する仕組みがあります。しかし、調整には2、3日かかり、その間に感染が拡大する恐れがあるので、報告のあった当日か翌日には自分たちで高齢者施設に行くようにしています。

高齢者施設は職員数も構造も様々なので、現場に行かなければその施設でできる現実的な対応方法が分かりません。そのため、自分1人でもまず訪問し、施設職員と一緒に現場を回りながら話をし、入所者が重症化したときのことなども含めて状況に応じた方針を一通り決めています。

対象が広いためインパクトも大きい公衆衛生医師の仕事

本庁でも保健所でも、積極的に新しい取り組みをしたりやり方を変えたりしているのが印象的です。

税金を使っているので無駄はできませんが、やったほうが良いのではと思ったことは、取りあえずやってみるのが自分のポリシーです。最初から100%成功すると分かっていることって、なかなかないじゃないですか。うまくいかなかったら反省して、試行錯誤を繰り返しながら良いものにしていけばいい。失敗を恐れていたら、何もできないと思います。

本庁と保健所のそれぞれの仕事のやりがい、面白さを教えてください。

本庁と保健所では対象にする人口規模が違うので、面白さが違いますね。本庁では住民の顔は見えませんが、HPVワクチンの啓発事業など、陰ながら工夫をして人々の健康行動に影響を与え良い方向への道筋を作るという、インパクトの大きい仕事ができるのが魅力です。これは、やはり本庁でしか味わえない面白さです。

一方、保健所では、地域と直接関わって住民の皆さんや医療機関、介護施設などと協力体制を作りながら、地域の健康課題に一緒に取り組める楽しさがありますし、取り組みに対する地域の皆さんの反応も分かります。小豆保健所にいたときは、住民の皆さんがCOVID-19対策でとても感謝してくださり、「保健所に足を向けて寝られない」とまで言ってくださった方もいたのが嬉しかったですね。

横山先生にとって公衆衛生医師の仕事の魅力は何ですか。

何と言っても対象がmassであることです。加えて、臨床の対象は医療機関に来る人だけですが、公衆衛生の仕事では受診前や退院後の人、いろいろな事情で来院しない人も相手にすることが決定的に違います。

臨床医が一生で診られる患者数は、公衆衛生医師が相手にする人数には絶対に及びません。その分、臨床医のほうが深く一人に関われる魅力はありますが、公衆衛生医師の仕事のほうがインパクトは大きいと感じます。世の中をより良くすることに自ら貢献できるチャンスの多い仕事なので、そうしたことに興味がある人ならば絶対に面白いと思います。今、公衆衛生医師は非常に少ないので、間違いなくすぐに活躍できるはずです。

公衆衛生理解促進事業では、香川大学と連携して、公衆衛生医師の仕事を紹介するミニセミナーを定期的に開催

公衆衛生理解促進事業では、香川大学と連携して、公衆衛生医師の仕事を紹介するミニセミナーを定期的に開催

これまでのミニセミナーのポスター。横山さんは入職時から開催に力を入れてきました

これまでのミニセミナーのポスター。横山さんは入職時から開催に力を入れてきました

公衆衛生理解促進事業を通じて県に入職した、若手医師との職場写真(左が横山さん)

公衆衛生理解促進事業を通じて県に入職した、若手医師との職場写真(左が横山さん)

横山勝教 公衆衛生医師
横山勝教(よこやま・かつのり)さん
香川県東讃保健福祉事務所 次長(兼)東讃保健所長
香川県精神保健福祉センター 医師

2017年に香川県健康福祉部に入職し、本庁で医療主幹として勤務。JICA草の根技術協力事業「ハイフォン市における生活習慣病対策のモデル事業構築プログラム」にも参加した。2020年から香川県小豆総合事務所次長(兼)小豆保健所長を務め、22年から現職。20年には香川県ナッジユニットKNIT(Kagawa Nudge & Innovation Team)を設立。

※2023年1月取材:所属やプロフィールは取材当時のものです。

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臨床から行政医師へ。それぞれの